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ロバート・メイプルソープ

ロバート・メイプルソープの命日です。
中野区の4畳半ひと間のアパートの、半分を暗室にして残りの2畳で寝起きしていた頃に、彼の訃報を何処かで読みました。

写真にたずさわってしまった者として、忘れてはならない人だと、今でも思っています。


凍て蝶

この言葉をどこで知ったのだったか、宇江佐真理さんの小説であったような気もする。

今の現場、ほぼ北緯45度、この国の最北端に近い場所で、地元の方がこの冬の暖かさは異常だというそれでも最高気温2、3℃の世界に、どこからまぎれ出てきてしまったのか。

さすがに動き出す気配もないが、何やら小さな奇跡を目の当たりにしてしまったような一瞬。

IMG_4236 のコピー

Whiskey in the jar

酒の味を覚えたのは、凡庸に高校時代です。
少しだけ凡庸ではなかったのは、当時、いきがってウィスキーなんか飲み始める友人達のほとんどが「サントリーホワイト」を気どって飲んでる最中に、最近また話題になっているらしい「ヒゲのウヰスキー誕生す」という文庫本と出会ってしまったことです。

竹鶴政孝と、妻リタの物語にすっかり魅了されて、親に隠れて自室の机に忍ばせる酒は「BLACK-50」か、こづかいが足りないときには当時やはりニッカで販売していたギルビージンでした。ホワイトなんか飲んでる同級生達を、こっそり酒のことがわかっていないコドモ扱いしていましたが、当の本人ももちろんウィスキーの味なんかわかっちゃいませんでしたが、そんなわけでそれ以来35年来の「自称ニッカ党員」です。

まぁ、当時、ハタから見れば高校生なのがバレバレの仲間どうしで、ススキノなんかに飲みに行けば、高校生のおこづかいでも飲めるような安い店で、やっぱり一番安い「ホワイト」をボトルで入れて飲むわけですが、店の裏を覗けば、メニューにも載っていないもっと安い「レッド」の空き瓶が積んであったりする。「ホワイト」の瓶に「レッド」を入れて飲まされていたわけです。

もう少しだけオトナになって、ようやく酒のおいしさがわかり出した頃には、同じくニッカの2級の「ノースランド」なんていう確か当時1000円くらいだったウィスキー、これも安くておいしかった。

そのうちに洋酒が安くなって、バーボンにはまる。この辺も凡庸なもんです。20代の後半のある時期は、一人暮らしの部屋にワイルドターキーの空き瓶を何本も並べていました。何かを呪うように飲んでいました。職場で午後4時くらいに「あー早く酒飲みてー」と、思ったときに「あ、このままいくと『アル中』ってやつになるんだな」と、思いましたよ。まぁ、それできっぱりやめたりはしなかったけど、アル中にもどうやらならなかった。

そのあたりのどこかで、ジャック・ヒギンズの小説にほとんど欠かさず登場するアイリッシュ・ウィスキーと、多分出会ったんだと思います。ブッシュミルズもずいぶん飲みました。いまだにアイリッシュ・ミュージックにどっぷりハマっているのは一部の方々のご存知の通りですが、ギネスとか、ブッシュミルズとか、どうしてアイルランドがこんなに自分にすんなりくるのか、まー全然わかりません。あはは。

あとはアイラ島のシングルモルト、ボウモアやラフロイグ、やっぱり、クセのあるウィスキーにいってしまう。この辺はもしかしたら、というより、間違いなく「ヒゲのウヰスキー」の竹鶴政孝の刷り込みです。テレビドラマでも「スモーキーフレーバー」にこだわる「マッサン」が描かれていましたが、ニッカウィスキーの歴史のなかで「余市」「ピート」というキーワードは強く印象づけられて、「ピュアモルト」は発売されて以来大ファンです。

日本酒のおいしいのも好きで、この時期には「鍋と熱燗」なんかもたまらなく魅力です。
焼酎もまともに好きです。芋焼酎が流行ったときにたまたま鹿児島に行く機会があり、暑い時にこそお湯割りがすっきりして美味い、というのも、多分彼の地で味あわなければわからない経験もしました。
50年も生きてきて、そんなわけでそのうち30数年は酒を飲んできたわけですから、他にもずいぶんいろんな酒のおいしさを、さまざまな機会に教えられてきました。

でも、1日のおわり、こんな時間に眠りにつく前に、今日のよかったこともイヤだったことも、全部流し込んで明日に向かっていく時間、やっぱり1年の330夜くらいはウィスキーを飲んでいます、もちろん、今夜も。

ドイツのアイリッシュバンド、というややこしいカテゴリーのSantianoのいかした演奏と。

年末の便りのようなもの

メリークリスマス。

すっかり、放置してしまいました。

今年のクリスマスもやっぱり出張先の空の下。
家族となんか過ごせていませんが、今年もやっぱり、Dropkick Murphysのいかれたおじさんのクリスマスソングを聴いています。




あと、クリスマスといえばこれも毎年欠かさずに聴くのですが、



今年は、特にこれに胸を打たれています。

Celtic Thunder Christmas 1915



1915 on Christmas Day
On the western front the guns all died away
And lying in the mud on bags of sand
We heard a German sing from no man's land
He had tenor voice so pure and true
The words were strange but every note we knew
Soaring o'er the living dead and damned
A German sang of peace from no man's land

They left their trenches and we left ours
Beneath tin hats the smiles bloomed like wild flowers
With photos cigarettes and pots of wine
We built a soldier's truce on the front line
Their singer was a lad of 21
We begged another song before the dawn
And sitting in the mud and blood and fear
He sang again the song all longed to hear

Silent night, no cannons roar
A King is born of peace for evermore
All's calm, all's bright
All brothers hand in hand
In 19 and 15 in no man's land

And in the morning all the guns boomed in the rain
And we killed them and they killed us again
At night they charged - we fought them hand to hand
And I killed the boy that sang in no man's land

Silent night, no cannons roar
A King is born of peace for evermore
All's calm, all's bright
All brothers hand in hand
And that young soldier sings
And the song of peace still rings
Though the captains and all the kings
Built no man's land

Sleep in heavenly peace.

中央のGeorge Donaldsonは、今年の3月に亡くなったそうです。

Sleep in heavenly peace.George.

栃木県某所

これも震災の傷跡。


2/12

言うべきことや、語らなきゃならないことが、いろいろあるのかもしれないけど、以下略。

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くしくも今日、妻がプレゼントしてくれた本より

「人間はいつ死んでもいいのが悟りやと思とった。ところがそれは間違いやった。平気で生きるということが悟りやった。(宮崎奕保)」


手向ける

先にいってしまったあなたと、残されてここにいる、全ての私たちに。









アトミックな村

で。

まぁ早い話が東海村に、いる。
もちろんアトミック関係の工事現場で仕事だ。原子力産業についての態度とかとは関係なく、黙々と作業をこなす。仕事だから。


今日は休みで、とにかくこの土地を見てやるつもりで、カメラ、といってもiPhoneと古いGRDたずさえて、とにかく陽のある限り歩く。まぁ、せっかくの休みだし、本屋とコーヒー休みは長めにとってしまうわけだがね。

世間一般の「村」のたたずまいではないよ。どの家もハウスメーカーのカタログに載ってそうにキレイだし、店も充実している。

村役場



は、札幌市の区役所よりずっと立派。てか、何か他のデンキ関係の施設かと思った。


ただなぁ、歩いても歩いてもなんだか写欲がわかない街並みなのだよ。気配がないというか、(はい、そこ『お前は毛がない』とか言わない)とにかくキレイだし豊かそうだし、もちろんこんなトコロだから経済的にはユタカでおれたち工事現場を渡り歩く職人たちなんかよりはずっと余裕ある暮らしをしてらっしゃるのだろうけど、なんだろう?一日中歩いて、宿に戻ってまた考えて、いまだにわからないあの、ヒトが暮らしている気配やニオイの感じられない風景。もちろんヒトは歩いてるしイヌも散歩してる。

フンも落ちてる。

いやまぁそれは軽い逸脱。

今、ちょっと夢想したのは、この地の神様との縁の切れた感じ。ってのが百眼的にはストンとハマるような答えかもしれない。いやもちろん古い社もあるし、当然それらを大切にしてらっしゃる方々もおられるのも承知だ。

福島同様、北関東のこの辺りもたぶん原子力産業がなければ、コメ作りと漁業の他にはこれといった経済基盤もないのかもしれない。

「リスク」と引換に経済的な豊かさを選んだこの村のことを、それをまた基盤に便利な暮しを享受してきたおれたちがたやすく断罪するのは、おれは正しいコトではないと思っている。それは福島も青森も同様だ。



断罪するのなら、この国をこんな風した責任者は、主権在民っつーくらいだから、すべての片棒かついできたおれたち皆んな等しくお白州にがん首並べなきゃあならねえと、思うのよ。お奉行さま。

東へ

正月あけ直前、インフルエンザを発症した妻を後に、ない後ろ髪ひかれる思いで来た熊本某所の現場を終えて、今度は東へ。

車でたぶん20時間くらいかけて移動するために今宿を出た。午前零時。

こんなことでもなければ絶対来られないところではあったが、次に行くのも仕事でなきゃぁ自分では絶対に行かないようなところ。
美しいものも罪深いものも、どれも人のワザであるのならば、均しく見届けてやる。

今だの路上

28日、完了こそしていないが先月半ばからの九州出張から、それでも概ね終えて帰札。
年明けまた来なければならないこともあって、熊本空港に車を置き、名古屋経由という経路。

今月中頃、スマホをiPhone5に機種変更、天草はまだ3G回線で宿にも無線LANもなく、実はまだアプリもあんまり揃ったとは言い難い。Androidとの使い勝手の違いにもまだあまり慣れていない。
それでもauの最初のスマホだった前機種よりは、ずっと動作も軽いしストレスもない。乗り継ぎのセントレア空港で初めてLTE回線に接続。さすがに早いね。



今年は何よりも、「メメント•モリな夏」の年であったと思う。長年一緒に暮らした猫の往生に前後して、松永孝義さん、他にもたまたま時期を同じくして、身近な方のご家族のご不幸があり、自身も50の節目を迎えてしまい、いろいろ考えずにはいられなかった。
これからの日々、本やら音楽やらからも、これまでと違ったものを読み取ったり聞き取ったりしてしまうのだろうな。そんな歳のとり方も自然なことに受け止められる程度にはオトナになったらしい。

携帯電話とはいえ、新しいカメラを手にすると一度は相変わらずの写真を撮らずにおれない、このあたりはいつまでもカメラを持ったコドモのままであるのだが。


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