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せめてタイトルだけ「謹賀新年」

年明け一発目のブログくらいコトホイだものにしたかったのだが、正月早々「そーいや『反原発デモ』とか最近どーなっておるのだ?」とか、ググってしまってある意味予想どーり絶望的な結果を見てしまったもんで、皆様におすそ分けしつつ軽く叱咤したい。

どーやら先月あたり、反原発デモの結集は2、300人規模のよーだ。見に行ったわけではないから、違っていたら即土下座するが、ほんの3ヶ月ほど前に万人規模で集まってお祭り騒ぎしていたお前ら一体どこへ行った?


以下は、今年の夏ごろパソやスマホで時間かけて綴りながら、ウェブに公開できずにいたテキスト。




「デモ」

どうしても、この間のデモの盛り上がりに、冷ややかになる自分がいるのよ。

体制に異を唱えている=大きな力に立ち向かっている自分が、同じ志の大勢の隊列の中にいる、っていう高揚感や一体感とか、おれは経験的に警戒せずにおれない。
社会の上部構造に変革を求めていく方法のひとつとして、デモンストレーションという表現を否定するつもりはないし、権力や、それに付随する広報手段、早い話マスコミね、を持たない立場のものたちには、あらゆる表現手段を少なくとも自ら規制する必要はないとも、思っている。

ただ、「上部構造」はあくまでも上部構造で、生身の人の社会の本質ではないのではないかというのが、今のところのおれの問題意識の核なわけ。

それともうひとつ、「デモは権力を持たない側の表現手段」云々、ていう言説にも、微妙に違う感が、あるんだな。

「表現」なら、マイルスやコルトレーンの、魂削るようなひと吹きと、同じ覚悟でいるのだな、左様相違ないなっ。とか、つい言いたくなる。

原発を誘致した土地の皆さんが、ある種デタラメな甘い汁を吸ったのは、今さら否定なんかできないだろう。でも、そんな地方のかつての産業基盤では食えない経済構造見て見ぬふりして、その構造にあぐらかいてできた原発で発電した電気で便利な生活享受して、早い話が心のどこかで地方を見下して生きてきたおれを含めた都市部の人間が、この期に及んで、自分と自分の子どもらの、心配に汲々としているのは、言い方は悪いが「今さらナニ言ってんの?」とも思えてしまうのよ。

もっと言えば、小泉がブッシュの戦争に加担した時に、今回の原発を巡るくらいの騒ぎになって当然だったと思っているし、あのときに万人規模のデモンストレーションがなされていて欲しかった。

前にも書いたが、おれはあの時には情勢のエスカレートの仕方次第でこの国がテロの対象になることもありうると覚悟した。中東の子供たちに空からいきなり災厄が降りそそいだのと同様に、おれのかわいい甥っ子たちにも、ある日彼らにとってはいわれのない災厄が、降りそそいだとしても、決してそれに、報復で返してはいけないと、そんな覚悟で生きていかなきゃあならんのだなと、一通りのシミュレーションをした。

あのときは、囚われた日本人を確かずいぶん多くの方々が「自己責任」と罵倒されていたと記憶しているが、今、長年この国の原子力産業放置して、便利で快適でエアコン回し放題、ネットも繋ぎ放題の暮らしを享受してきたおれらが、今ごろ放射能被るのだって「自己責任」だと、もし言われたらどう反論するのだろう?
あーまぁこれは、「原発いやなら電気使うな」とか「いやなら自家発電すれ」みたいな幼稚な議論ではあるがな。
こんな土俵で相撲とってちゃ、いつまでたっても本場所は開催できない。逸脱。

もちろんおれはあの忌々しい「自己責任」なんつー言葉は、行政が自分らの責任回避したり、弱いもの切り捨てたりするために流通させたよっぽど無責任な方便だと思っている。上から目線で言われなくても、大人の行動は全て最後には自分に返ってくる、てめえの責任でやってるのなんざ当たり前だ、It all comes back to me.


念のために言っておくとあの時拉致された日本人については、彼らが携わっていた活動については、評価は保留であるが、この国の国策であった、ブッシュの戦争への加担でなかったのは、もちろんいろんな意味で救いであったと思っている。


デモの参加者の皆さんは権力側からも、権力側にアンチを唱える様々なグループからも、自衛する意識が、どうもあまりに薄いように見えて仕方がない。素性バレバレのWebのアカウントから、デモへの賛同や参加を表明したり、顔の特定できる映像を公開するなんざ、初歩の初歩。「恥ずかしいことやってない」とか、子どもみたいなこと言ってるうちに公安から特定されて、ご実家のご両親に恫喝が入ったり、怪しい組織から勧誘が来たりするのだから、自分はもちろん、他の参加者の画像や映像なんか、明らかに個人情報さらしてデモに参加してる方以外、むやみに発表するべきではない。


「市民」て言葉もおれには「プロレタリアート」同様胡散臭い。


この辺り、それこそかつての新左翼運動へのアレルギーっぽくとられそうだが、悪いが今日びの「一般市民」よりは、新左翼運動くらいは、たぶん余計なことまで知っている。
その上で政治に、それこそ福島のあの建物がそうであるように、人が作ったゆえに間違いなく不完全な「組織」がついてまわるどうしようもなさに煩悶した末に、組織や政治や早い話が権力機構、マルクス主義でいう上部構造なんて、本当に人が幸せに生きるために必要なものの本質ではないのではないかという、やはりいつまでたっても不完全な答えしか出ない命題に、かれこれ20年以上もイライラ取り組んでおるのだ。


原発なんかなくなればいいと、当然思ってはいるが、こんなことになってしまったこの国で、例えばいまだに苦難や不便やもちろんさまざまな不安にも直面しておられる被災者の皆さんも、認めたくはないが予想される様々な放射能障害を被る方々も、ストレスなく生きられる環境を私らが作る他ないのだよな。たぶんそれは、たんに「原発がなくなった」だけでは実現されるものではなくて、本当に、弱いものや傷ついたものたちを、容易く同情するのではなく、弱くても傷ついていても、そうでない人々と対等であると、誰もが当たり前に感じて生きていられる世界を、本気でつくっていく覚悟を、あらためてしたいし、求めたい。  
[EOF]


と、まぁこのくらいの覚悟もない方とは、この話題については語りたくないのが本当のところなのだよ。
デモに参加した高揚感は気持ちよかっただろう?
あの時の正義感はどこに行った?


Where Have All The Flowers Gone?
WHEN WILL THEY EVER LEARN ?

これを見てもっかい考えよーー。

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