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「大和」なんぞを撮るこの時代をどんな思いで見ていらしたのか?

世間のバブルとは全く無縁で貧乏していた若い頃、いつもGパンもTシャツも黒ばかり身につけていた。(歳をとってからの方が派手好みになったコトについては例によって逸脱だから略♪)

当時の職場で親しくしてくれたAさんは元映画の照明技師。といっても、おれが赤ん坊の頃に既に一線でバリバリやってらした方で、もちろん本来おれたち若造が馴れ馴れしく口をきけるような方ではなかったのだが、当時「原節子といまだに友達づきあいしていて『せっちゃん、Aちゃんと呼び合う仲』」と聞かされ身悶えするほどうらやましかった。

そのAさんがある日、いつものにこやかな顔でタバコくゆらしながらおれに言った。「猪ちゃんは若い頃の喜八っちゃんに似てるね~。」
「え?岡本喜八さん?」「うんうん、喜八っちゃんも助監督の頃いっつも黒の上下でねぇ、猪ちゃんと感じが似てたなぁ~。」

こんなコトを言われて悪い気のするヤツはいない。と、きっぱり独断していい気になっていたその時のおれ。つーか岡本喜八さんを「喜八っちゃん」て呼べる人間は当時この国に何人いたのだろう?

その岡本喜八さんも今年亡くなられた。

今のうちに、こんな思い出も記録しておかないと、こっちもいつボケて何もかも忘れるかわかったものじゃないのでね。
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これでブログもバンバン更新…?

「12/25まで限定特価」というPOPにまんまと騙され、あわてて買った新しいノートパソコン。今日見たら同じ価格のまま「1/2まで限定特価」に書き換えてやがったヨド★シカメラ。( ̄毳 ̄)-~~

なにせこれまで使っていたバカパソコンときたら、電源入れて起動する時にしょっちゅうウィンドウズのロゴが出たままフリーズするスグレモノで、そのたびに「強制終了」→「再起動」→「エラーメッセージ」→時には勝手に「ディスクチェック」と立ち上がるまでとても時間のかかるヤツ。

きっとパソコンのクセにおれに隠れて眠剤とかヤッていたに違いない。
もちろんおれの使い方がデタラメだったり、無茶なインストールをしすぎたせいでは断じてないっ。

…多分。

きっと多くの記事が書かれているのでしょうが

思いっきり凡庸な話しだが、野球とサッカー以外のスポーツはそれほど意識的にテレビで観戦することもない。
それでも何年かに1度くらいは、「!!!」って言葉につまるほどの名勝負を目撃してしまうことがある。

1992年のライスボウル、京大VS.アサヒビールシルバースター。QB東海辰弥が自分の母校相手に見せた圧倒的な強さ。確か終了間際に逆転されたスコアを、ラスト数分で再逆転して見せてくれたと記憶している。

1996年フェドカップ。伊達公子とグラフの3時間25分に及んだまさに「死闘」。

だがおれがこれまで目撃した、掛け値なし1番の名勝負は、やはり1995年の日本シリーズ、仰木彬監督率いるブルーウェーブが、わがヤクルトスワローズと対戦したあの第3戦。これをおいて他にはない。断言。

語りぐさになっている「小林とオマリーの14球」はもとより、この試合のブルーウェーブはとにかく手強かった。1試合のゲームのあいだに、選手の一人一人が成長をとげてゆき、昨日までとは別人のように果敢な姿を見せてくれる、そんな試合だった。

後日同じヤク中(「ヤクルトスワローズ中毒」ね♪)の友人と「もう勝ち負けなんかどうでもいいって試合見せられちゃったよなぁ」と、うなずきあったものだった。

「あんな試合を体験しちゃったブルーウェーブはきっと大化けするぞ」と思っていたら案の定、翌年は日本シリーズで巨人に快勝。G党には悪いが「敵じゃない」って印象だった。

そうそう、当時正月に飲み仲間が集まっては「書き初め」をして遊んでいたのだが、今でも覚えている1996年のおれの書き初め

「魂を 削る思いの 十四球」

仰木彬氏への心よりの追悼をこめて。

「魂が゛帰る場所"」

ひと月を越えるような長期の出張で、宿と現場の往復だけの日々が続く、とまぁそれなりに(笑)健全な精神構造も多少変調を訴えだしたりするわけで、そんなときの手っ取り早いリフレッシュは「ホームセンター」「本屋」「ユニ●ロ」ってところ。出張の時は当然毎日家から持ち出した衣料ばかり着ているから、実は着るものが変わるのってかなり気分が変わる。
大体これまで行った先で車で1時間以内の距離にこれらがないところはほとんどない。日本て…、まぁここでいろんな言説も浮かぶのだがそれはまた逸脱。

熊谷達也氏の本もそんなふうにして東北のある街で出会った。
最初に読んだのは「漂泊の牙」だった。すぐに読みきって「この人の本をもっと読みたい」
次は「ウエンカムイの爪」。

以来とにかく書店で目に触れれば買って読んだ。初期の作品では「作りが荒いか?」と思う部分もあったが、何より作者の真摯に「人と自然の関わり」に向き合おうとする姿勢に、そして「東北」という自分の足元にしっかりと視線を据えている潔さに、「この人はタダモノではない」予感をおぼえたのだ。

一作ごとに作品の「荒さ」は洗練されてゆき、作者の問題意識やテーマへの理解も深まってゆくのを、目の当たりにできた、と思う。
この時代にこれだけ良心的な作家の成長を目撃できたのは大変幸運なことだったと思っている。

昨年「邂逅の森」で直木賞を受賞された時には、うれしさのあまり数人の友人に自分のことのように宣伝してまわってしまった。

■ 懐郷
  熊谷 達也  新潮社

昭和30年代の女性を描いた短編集。

あるいは母であったかもしれない、あるいは祖母であったかもしれない、強く優しい女たちに、たまらない愛しさと切なさをおぼえさせられてしまう。

我が家の婆も絶賛♪

もう10年以上前だな。当時の飲み友達といつものように部屋飲みしながら片っ端からCDをかけていて、コルトレーンの「MY FAVORITE THINGS」をかけた時に、彼女がつぶやいたのを今でも覚えている。

「あんなに可愛い曲を、こんなに気持ち悪く演奏するなんて、素敵♪」

もちろん誉め言葉、絶賛に近いだろう。笑っ

さて、どこのご家庭にも1枚は…なくても、聴いたことのない人はいないだろう、現におれもたぶん2枚くらい持ってたはず。

ムソグルスキー 組曲「展覧会の絵」

なんだけど、演奏がヴァレリー・アファナシエフとなると、話しがコルトレーン級に変わってくる。

■ ムソグルスキー 組曲「展覧会の絵」
  ヴァレリー・アファナシエフ

実際にお馴染みのプロムナードの最初のフレーズから

「いったい何が起きている!?」

って音楽体験が、まるまる1枚、いつもの異様にゆっくりとしたテンポ、和音の1音1音まで何ひとつ無駄にしない打鍵、時には原曲の楽譜さえ無視して、独自の世界を貫徹するのは、これまでも聴いてきた何枚かの作品で今さら驚かないはずだったのだが。

この怪しさ。
それでいて音の印象があまりにも存在感がありすぎて、

まるでこの世のものではない、境界の向こう側の存在が、

色や、

形や、

手触りを、

ともなって目の前に現れてしまったような感じ。

評論を見る限り「異才」とか「鬼才」とかいわれるアファナシエフだが、コルトレーンにたとえるのはむしろ穿ちすぎだろう。
もちろんおれにとっては「異才」でも「鬼才」でもなんでもいい。

こんなふうに突然目の前の世界を塗り替えて見せてくれる体験、

表現て本来そういうものだと思ってますから。



クライマックスシーンの美しさはやはり「紙」で見たい。

自分にとって自然なことや当たり前のことが、世間一般から見れば結構異質なのくらいはわかってるんだけど、世間の「普通」の方が実はコワかったりするんだよなぁ。

■ しりあがり寿
「徘徊老人 ドン・キホーテ」

実は出張先での手すさびに携帯電話の電子書籍でDLして読み始めたんだけど、結局そのまま全巻携帯で読んじゃった。

なんと第2話で既に「強度不足で倒壊するマンション」の話しが。
やっぱり天才。
百眼読書録
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