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相場英雄と辺見庸

「血の轍」の後は辺見庸「瓦礫の中から言葉を」NHK出版新書

石巻出身で、震災後の語られるべき言葉を真摯に探る作業。
「言葉でなんとか語ろうとしても、いっかな語りえない感覚」。それでもその先の、震災経験後のこの世界で語られるべき言葉を、おそらくは自身の深層へ降りてゆくようにして探し求める行為。

思えば震災の後、東北のあちこちに赴きもし、なにがしが見たかのようにTwitterやブログに言葉を垂れ流していた自分も、本当に何かを語っていたのか、気恥ずかしくなる。

言葉を書くプロの方々にとって、このことは真剣に考えれば、自分の存在そのものを問わずにおれないような問題に違いない。

相場英雄はどうだったのだろう?震災前に「みちのく麺食い記者」シリーズで各地に取材にも行ったであろう東北、昨年シリーズ新作の出版予定を、Twitterで公表してくれた時には単純に喜んだが、簡単な作業ではやはりなかったのだろう。
昨年中とおっしゃってられたが、「血の轍」の作業もあったのかもしれないが、年内には出版されなかった。

と、思って気にしていたら、「血の轍」の出版直後ご自身がまたTwitterで「次は『麺食い⑦』」とつぶやいてくれた。

「命削りながら描いて」いると。

嗚呼、やっぱりおれはこういう姿勢の作家がたまらなく好きだ。
ジャンルとか、カテゴリーとかではなく、自分のいる場所で、何が問われなければならないのかを本気で探る、言葉を発する立場にある限り、絶対におろそかにできない部分に誠実な作家の次回作が、気持ちよくないはずがないと、また、期待に胸をときめかせてしまうのであった。
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tag : 東北

「血の轍」相場英雄

血の轍
と、いえば百眼周辺なら、いやそうでなくても普通BOB DYLANのアルバムタイトルなのだが、実はこのタイトルの小説が発売されるのをしばらく前から楽しみにしていた。


相場英雄「血の轍」幻冬社

まぁ種明かしすればご本人がTwitterアカウントで、DYLANファンであることは白状なさっていて、それでも、いやならばなおさらアルバムタイトルそのままの小説を出すのは度胸や覚悟がなくてはできない行為であったろうと思うのだが、ひそかに「アイバならやってくれる。」と、期待していた。

相場英雄のことをそもそも知ったのは、一昨年震災の後東北の現場をあちこちやっていた頃、たまたま盛岡でさわやフェザン店という書店の姿勢に惚れ込み、そのTwitterアカウントをフォローしていて紹介されていた「みちのく麺食い記者」シリーズを読んだのがきっかけ。

盛岡のさわや書店さんが、世間の売れ筋よりも書店員ご自身が読んで面白かった本を熱心にPOPを書いて勧めるようになったいきさつもまた、本好きならたまらなく面白いのだが、まぁこの話はそのうちにまた。

とにかくみちのく麺食い記者シリーズを片っ端から読み、昨年はたまたま再び訪れる機会のあったさわやフェザン店で、同じく相場英雄の「ナンバー」のサイン本を手に入れられて悦にいった百眼である。

今回も出たばかりの「血の轍」、また出張先の本屋で1冊だけ残っていたのをいそいそと手に、やっぱり2日で読了してしまった。
麺食い記者シリーズは主人公の設定もあり、コミカルな部分もあるのだが、「ナンバー」から前作「鋼の綻び」そして「血の轍」とこの作品群は、もう百眼的にはハメットやチャンドラーと比べて語りたいくらいの、ハードボイルドっぷり、と言いたい。


ご本人は前出のTwitterアカウントで、例えば純文学作家と比べて自分はエンタメ作家みたいなことをつぶやいたりしておられるが、言葉への真摯な態度、そして東北への、おそらくは簡単には言葉にしきれない思いを、それでも自分のフィールドで言葉の作品として世に出そうとされる姿勢、同時に買った辺見庸「瓦礫の中から言葉を」とも肩を並べるプロの物書き魂を感じてしまうのである。

そんなわけで、ご本人がTwitterアカウントであかしてくれた次に出版されるらしい麺食い記者⑦、
震災後の取材を元に「命削りながら」書いているとおっしゃっておられる(あー、敬語、もう少し滑らかに語りたい!)、とにかく期待。



念のため。

もしも相場英雄氏ご本人や辺見庸ご本人、あるいはダシール•ハメット様やレイモンド•チャンドラー様、この拙文を読まれても「舐めるな!」とか、「あんな奴と並べて語るな!」とか激怒されるにはおよびません。当方、世界的にはまっっっったく影響力のない、超微細弱小ブログ故。

「河北新報のいちばん長い日」

以前も少し書いたが、震災をめぐる著作や、テレビ番組も、いまだに涙腺が自動的に決壊気味になって、昨年の経験の軽いPTSDかとさえときどき思うのだけど、自分があのタイミングで東北に行って見聞きしたもの、どれも自分にとって財産なのだと、思いたい。当時、全国放送の、つまりは東京目線のテレビが原発の事故にシフトしてゆくのをやむを得ないと思う一方で、そのヒステリックさやそれ以上に現在進行形で津波の被害やその瓦礫のやまからの復旧が進まない東北の実態の報道が後退してゆくのを、軽い憤りすらおぼえながら見ていた。
全国紙などほとんど読まずに、機会があれば河北新報や岩手日報を読んでいた。
恐怖も絶望も、もちろん希望も、自分が踏んづけている土地の温度、日々見ている人々の体温、あの時期の東北の地方紙は、本当に強烈な力を見せていたように思う。

考えてみれば、これらの新聞社の皆さんも、同様に被災者なわけで、家や家族を失ったり、もちろん社屋だってただごとではない被害を被っていたわけだが、あるいはそんな中でこそ、報道することの意味や使命が、より鮮明にもなったのかもしれない。

「河北新報のいちばん長い日」は、そんな思いを裏付けてくれる気がする。
本社のサーバーも倒壊、支局もあちこちで当然甚大な被害、という状況で、それでも当日夜には号外を発行し、翌日の朝刊も、同様に新潟日報との相互支援協定で発行にこぎつける。
圧巻は震災後まもない頃、まだ通信も交通網さえまともに機能していない時期に販売店の店主さんが自ら裏道を探しながら印刷工場まで新聞を求めてやっ たというエピソード。

案の定随所で泣かされっぱなしである。

3月の仙台で、店内がほとんど空っぽのコンビニのガラス一面に新聞が貼られていて、それを通りがかる人が食い入るように読んでいたのを思い出したよ。

tag : 東北のこと

久しぶりに読書のことなど

2ヶ月も放置してしまったけど、相変わらずの出張生活、あいだにただごとでない目にもいくつかあったのだが、まぁそれはおいおい。

最近の読書からいくつか。

盛岡の書店さわやフェザン店さんのTwitterアカウントが、いつも興味深い本を紹介してくれるので、ここんとこかなり参考にさせていただいている。

輪渡颯介「堀割で笑う女」
五十嵐貴久「安政五年の大脱走」
そして最近では、
黒野伸一「限界集落株式会社」など、百眼好みのしっかりと物語ることと向き合ってつくられた本を紹介してくれる。

この本屋さん、百眼がこの春盛岡に着いて最初に寄った駅ビルの書店で、確かまずは何よりも「コミック岩手」を購入したのだが、一目惚れしたのは、当たり前の売れ筋ではなく、明らかに本好きの書店員さんが、ご自分で読んで面白かった本をプッシュするべくその面白さを懸命にポップに書きだして、宣伝してらっしゃる、そういえば札幌にも一件よく似た姿勢の書店があったのだが、数年前に百眼の住まいとは市の反対側の彼方に移転してしまわれ、足がとおのいて、というか本当にただとおのいてしまったのたまった。

いつものクセで話が逸脱しかけたが、一番最近読んだ「限界集落株式会社」は、さわやさんも強力に推してらっしゃるが、快作だと言いきりたい。

その「限界集落株式会社」の中で、採算のとれない稲作から畑作への転換に何人かの農家が強く抵抗する一節があるのだが、その関連というか、稲作とナショナリズムをテーマにした論文を書かれた山内明美氏の
「こども東北学」

これは「こどもに恥ずかしくない大人でいるための東北学」とでも呼びたいね。

できれば甥っ子に読ませて語りあってみたい。甥っ子の前で今年の東北での体験とか語って、泣き出さずにいる自信はまるでないのだけど。

高原書店

勘定したら5年前だった。

関東某所に出張中に友人に案内されて行った町田の高原書店。もちろんもう今、ひとりでたどり着ける自信はないんだが、その後通販はちょくちょく利用させていただいていて、古書の検索をするときにはつい優先してここを見てしまう。

あの時はたしか、ロスワイラーの「赤毛のサウスポー パート2」と平岡正明の「三七全伝 南柯の夢」を買ったんだと思う。
ところが帰りのバスに、買った本を忘れて、数日後バス会社まで引き取りに行ったはずだ。

「赤毛のサウスポー」といえば、気になっているのは吉田えりちゃんが今年どこで投げるのかなんだが、オファーをもらった独立リーグのチームというのが「チコ・アウトローズ」というどーにも魅力的な名前で、ご本人がどう決断なさるかちょっとわくわくしてる。

イヴ・ボンヌフォアの詩集。
思うところあって、今度こそちゃんと読もうとさがしたら、やっぱり高原書店に格安であった。
30年も前の本にしては十分にきれいだし、ありがたいなぁ。

北森鴻

浅川マキさんにせよ、小林繁にせよそれほど親しい交わりをもっていたわけではないが、実は北森鴻は現役でほぼ全作品読んでいる、ついでに読むそばからMANACO母に貸し与えて「面白いから読むように」と折伏してきたおかげで親子の会話もずいぶん豊かなものになったありがたい作家だったのだが、俺といくつも違わないお歳で、心不全で逝かれてしまった。

たぶん最初に読んだのは「メインディッシュ」であったと思う。あんな作品と蓮丈那智シリーズあたりの振幅がおもしろかったんだが、もう新作が読めないとは残念であることよなぁ。

お約束 正月の読書

1/2 あまり外に出たくはないような天気で、年末にやっと買った舘浦海豹の「温泉の神様の失敗」
舘浦海豹は昨年初めて何かのテレビ番組で見て、北海道の観光産業についてちょっとびっくりするくらいマトモな意見をおっしゃっていたので、「この人はただの観光物書きとは違うな」と目をつけていたのだが、案の定ただ者ではなかった、面白がったわ。

続けて意外にも持っていなかった山田風太郎さんの「風眼抄」
多分有名なんだと思うのだが、「蟹の味噌汁」のくだりを思い出して書棚を調べてなくてちょっと愕然。

「(パン粉)で庭に『バカ』と大文字で書いておくと、雀が『バカ』の字なりにならんで食べている。それを二階の書斎から双眼鏡で見ている…」
たまらん。

「桃山ビートトライブ」

通勤読書用に買ってみたが、1往復で読んでしまった。

装丁通りの小気味よいロックノベルとしてはまぁ及第点。
とはいえもちろん高得点ではなく。

なによりも、おれにはこれは「時代小説」では、ない。

作者が若いことを差し引いてもこの作品に文学賞なんかあげた出版社や選考委員のセンセーたちに「読者を嘗めるな」と、言いたいっす。

もちろん燗酒も♪

例によってあらすじとかはご自分でググっていただきたい。
今回もすっかりじんわりと気持ちの芯の部分を暖めていただいた、宇江佐真理さんの「夕映え」。
江戸の市井の暮らしと、もう一つのご自分のテーマであるお住まい函館のかつての姿(~松前)とを上質の反物のように織り上げた、まさに柔らかな夕日が射すいとおしい町並みの絵柄。

旬のものだから、おでんのおいしい季節のうちに読むこと。

もうすっかり過去のもの「美しい国」。

そのあべくんが打ち上げた「美しい国」企画会議なんてのもあった。
こんな恥ずかしい場所に招聘されたのがよっぽど嬉しかったのか、サラリーマンの出世噺だけで有名なあの漫画家ときたら、早速例の日本一有名な家電会社勤務のサラリーマンを原発に出向かせては高速増殖炉の安全性を説かせたりして、大いに飼い犬っぷりをあげていたっけ。

ネットでも少々たたかれたようだし、新潟の地震で原発の底の浅い安全性もバレバレで、おまけにあべくんもあの体たらくでは分が悪いとみたか、いつのまにか専務になっていた件のサラリーマン、とっとと原発は切り上げたようでこのへんの自己保身ぶりがまさにあの漫画家本人と重なるってか。

おれとしては、あの漫画家センセイにはあの恥ずかしい企画会議を足がかりにいっそさっさと議員にでも転身していただいて、あのつまらないマンガにはさっさと終了してもらいたかったのだが、あべくんがヘタうったおかげでそれも遠のいたか?まぁどうせあの専務が社長になるまではやめないだろうしな。

いや仕舞には「議員 島●作」とか「首相 ●耕作」なんて野望くいらい抱いているかもしれないがな。
マンガとしてこっちもちっとも美しくないって、誰か教えてやれ。
百眼読書録
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