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35mm1,8



久しぶりにレンズを1本新調。

いわゆる「標準レンズ」

FILM ROLL BAKER BLUES



だいたいなんでモノクロなんか買ったんだ?

FILMに向かうのにはどうしてもデジカメとは違った気持ちの入り方をしてしまう。

もう、酸っぱいにおいの赤灯の暗室作業も、その後の「自分のパンツなんか絶対にこんなに丁寧に洗わない」洗浄作業もしやしない、カメラにFILMを詰めてしまえば基本的にデジカメと大して変わらない、同じように撮影して、町場のラボで現像だけしたら後はスキャナーでファイル化してモニターの上で扱うのであっても、最初から電気的なデータとして撮影するのとは何か別の気持ちが、どうしてもわいてしまう。


今更アナログを礼賛(太郎君、ここ読み間違えないようにな)するつもりもないし、デジカメの手持ちの機材で埋められない隙間を、むしろやむをえず間に合わせるくらいの気持ちなのに、たぶんこのFILM詰めたカメラ手にしたら、かつての青さや、気負いや未熟さすら抱え込んでファインダーにしがみつく自分がどうにも想像されて、まぁ、あまりいい気持ちではないわな。

写真なんて、そこにおれがいないように撮りたいのよ。


結局モノを作る行為のわがままさなんて、どこか理屈の通らない部分を抱えてるわけで、こんなところでぼやいていても仕方がない。

「黙って撮れって」

はい。

廃墟のような何か

20081115204434
稚内はほどよくフォトジェニックな町だと思う。
古び具合やら、町の疲弊の度合い、時節柄あまり堅くない昼下がりの光線も手伝って「こんな町をカメラ持って歩いたらいくらでもシャッター切れる」気がしてしまう。
まぁ仕事で来てんだし、しないけど、こんな気持ちは落とし穴で、そのまんまいくら撮ってもどっかで見たような写真にしかならない。

時間かけてゆっくり町と対話してみたいところだが、今回は明日帰ることに。
少しは写真に気持ちが向いたのは収穫だろう。
そこいらじゅう白いハイライトとグラデーションのおれには全然フォトジェニックに見えない季節がもうすぐそこだぜ。

「日々、短い希望」

森山大道をDYLANにたとえてしまったら、中平卓馬を誰にたとえよう?

森山大道のことは「好きだ」「かっちょいい」「エロい」のスリーコードで語れる。

ここがアラーキーとシンクロする所以だろう。
PUNKの王道。


中平卓馬は、ある意味スサノオなのだ。
本気で語るには、
冥府へでも赴く決意を求められる。。

あれだけ饒舌だった「言葉」。

切れるものはなんでも、命がけで切ってみせる潔さ。
「命がけ」であった証の
「己が発する言葉」への根源的すぎる問いかけ。

そのはてに、失った「記憶」。
発語する行為の、根拠そのもの。

発語行為の瞑府から、写真だけを媒介に世界と切り結びながら、この地上に帰ってきた。

想像しがたい喪失からの復帰。
それでもその成果に名づけた

「ADIEU A X」

河出書房新社 1989



意訳だ。「あばよ、誰かさん。」



もしくはアファナシエフ。
発語行為はいつも己の存在かけてするもの。
打鍵ひとつひとつこめられた
世界との対話。

必然でもあるまわり道



書棚を眺めていたら「今日はおれを読め」と呼びかける声。

■ WEEGEE BY WEEGEE
  ウィージー自伝 裸の街ニューヨーク
  日高敏 訳

オーストリア移民。ニューヨークの底辺。
そんなキーワードの虚飾を無効にして、ストレートな写真同様、まっすぐな、ふてぶてしい目線そのまま、血と肉から、絞り出した言葉ばかり。

 奮い立たされる。

theme : 写真
genre : 学問・文化・芸術

「犬の記憶 ONLY BLEEDING」

当時の森山大道は「『写真時代』の時代」のまっただ中。

この時期に、もっと他の写真を見ることを真剣にやっていれば、あるいは別の写真人生がひらけたのかもしれないが、あいにくこの馬鹿者は、正しく「写真時代」ばかり見て、片っ端から森山大道、西井一夫とかを読みふけり、当然たどり着く中平卓馬。

当時「犬の記憶」は文字通りバイブルだった。なんて言ってみたいが、考えたら何もわかっちゃいない。

■ 犬の記憶 森山大道
  朝日新聞社




乾いた、埃っぽい風の日なたと、湿った赤灯の暗室の往還。
もうひとつの喪失と再生の物語。
盟友中平卓馬への、嫉妬したくなるような愛が、実はひっそりと埋め込まれた「光と影」の分身。

始まりの光と影

洋楽の聴き始めがディランだったのと、最初に意識した写真家が森山大道だったのは、なんだか似てるのかもしれない。

80年代、たまたま手伝っていたイベントで上野昂志さんを接待する機会があり、当時中古のニコマートを買ったばかりだったおれに後日送ってくださったのが、上野さんが解説を書いておられる森山大道の写真集「光と影」だった。

嗚呼、あそこからこのとてつもなく豊かな荒野への道のりが始まったのであったな。
今、ちょっと泣いた。

後にも先にもこんなにも堂々と写真の根源そのもののタイトルと、それに恥じない内容の写真集をおれは知らない。
今にして思えばとんでもなく高い山をいきなりスタート地点にしてしまったようなものである。
楽な道に、なるはずがない。
百眼読書録
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