1. 無料アクセス解析

八角

今日の晩餐。

刺身と軍艦焼きにしてみた。

美味。

tag : 三度のメシ

「いただきます」

この国では食事を始める際にたいがいの人が「アーメン」と神に感謝するよりは「いただきます」と言う。あったりまえだ、我が家もそうだ。たぶんお宅もそうだろう。

料理を作ってくれた妻や母や、お百姓さんに感謝するのだと教えられただろう。
肉も魚も、野菜も米もみんな命だから「命をいただくのだ」と教えられたご家庭も少なくないかもしれない。
日本人はずっとそうやって食事をいただいてきたのだ。鯨もイルカもそんな気持ちで食ってきたのだ。

全部カミサマから選ばれたニンゲンにもたらされたものだと思い上がっていた民族に何がわかる?と、ここはちょっと承知の上の強引。

鯨やイルカばかりではない。
この国だって、土地によっては本当にほんのしばらく前まで、犬の肉を食していた地域があり人がいる。本人からこの耳で聞いたから多分間違いないぞ。

かわいがっていた家畜がある日、食卓にあがり、辛い思いをした幼い記憶を持っている人もまだいるはずだ。

「食う」ということは、家畜だろうと野菜だろうと全部そういうことなのだ。生き物の死体を(モノによっては生きたまま)この歯で食いちぎり噛みつぶし、飲み込んで自分が生きてゆく一部にいただくそのまんまのこと、そうやって人間はいきているし、鯨もイルカもうちの猫もオーストラリアの牧場の牛も、地中海のマグロも、そうしてる。

あーあったりまえすぎて、ばかばかしくなるが、ここでやめるわけにはいかない。

問題は「コロして食う」という意識の希薄さだと、おれは思うのだよ。

例えばアイヌ民族が自分たちで育てたクマを、集落をあげて儀式までして神の元へ送り返した。大切に育てること同様、ありがたく食うことでまたクマの肉と毛皮をまとった神が彼らのもとを訪れてくれるという。

マタギが獲物をとらえた時にも、獲物をもたらしてくれた「山の神」への感謝の言葉がとなえられる。

生き物を「残酷な」方法で殺して食う時に、その後ろめたさやありがたさにちゃんと向き合うすべを、かつては持っていたし、そんな記憶がおれたちの貧弱な脳の中にも、少しは残っているのだと思うのだよ。

自分が飼っていた犬を、食わなければならなかった人は、たぶん犬に謝りながら殺したろうし、謝り感謝しながら食っただろう。

もう、そんな経験をする機会はあまりないし、もちろんほとんどの人がそんな思いをしながら毎日メシを食うのは嫌だよね、おれもそう思う。
んだが、三度のメシの度に「いただきます」ととなえながら、そんな記憶を失うまいって気持ちは持っていたいとは考えない?

「知能がある生き物を殺す方がより残酷だ」なんていう考え方は論外。反論してやる価値もない。そんなことを考える方が、人間としてずっとアタマが悪いと思うっす。


少しアツくなって書いたんで、後から編集するかもだけど、基本的な考えをかえるつもりはない。
ちなみにまぁ、マグロはわざわざ地中海ものまで食いたいとは思わない。
地中海のマグロは、地中海沿岸の方々で、マグロに感謝して食いなさい。

tag : 三度のメシ

百眼読書録
Twitter on FC2
カレンダー(月別)
07≪│2017/08│≫09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
ユーザータグ

MUSIC  とりぱん 東北 PHOTO 木建工事 IRISH エマーソン北村 松竹谷清 三度のメシ PC KelticCowboys スワローズ TO 日ハム 新庄 BASEBALL COMIC Hometown 野鳥 東北のこと 秋田にて Baseball RSR Twitter WRITE アイリッシュ CATS 

カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
QRコード
QRコード
最近の記事
PHOTO and TEXT by

■眼谷猪三郎■


メールはこちら

■眼谷猪三郎■ 「まなこだにいさぶろう」

リンク
ブログ内検索
RSSフィード